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嫉妬について_その1

最近、色々な記事を読んだりしていると、ちょくちょく目にする(以前よりも目にする機会が多い気も)「嫉妬」とか「妬み」って言葉。
まぁ、自分も無意識の内に、結構使っていたみたいですけどねw

で、以前にもこういう記事 http://kitoku1.blog129.fc2.com/blog-entry-2.html を書いてはいるんですけど、
改めて読み返すと内容がイマイチなので、またちょっと書いてみたいと思います。

まず、幾つか質問を、僕自身にしてみます。

Q1.「貴方は嫉妬しますか?」

Q2.「人間は、誰しも嫉妬すると思いますか?」

Q1は、はい、します。
メチャクチャしているかどうかまでは分からないですけど、
時々していると感じる事はありますので。

Q2は、分からん。
稀に、嫉妬するという感情を持っていない様に見える人も、見たりするので。
で、まぁ、聞いてみたいとは、やっぱり思いますね。「嫉妬しない方法」というのを。

さて、Q2については、イマイチ分からないので、
Q1について、「じゃあ、自分はどんな時に嫉妬しているのか?」を分析すれば、
解決の糸口も見えてくるかもしれませんので、その辺を詳しく。
あと、「後半になるに連れて、段々克服方法が難しくなっていく」ので、ご注意を。

まず、恋愛方面だと「見た目が美人もしくは可愛い女性(美女とします)が、見た目がダサい男と街中で手を繋いで歩いているのを見た時」に嫉妬する。今は、もうしないと思うけど。
で、コレ、なんだかなぁとも思うんですけど、
でも、恋人いない人が美女と付き合いたいと思うのは、別に変な話じゃないわけで。
で、なんでこういうのに嫉妬するのかというと、
「類は友を呼ぶから、美女が美男を求めるのなら、諦めも付く。でも、あんな見た目の男がモテているのに、なんでそう悪くない見た目のお前がモテないんだろうな」と、
自分の友達に言われたら、そりゃあ嫉妬もする。
しかも、これは経験無いけど、その女性が元恋人で、「もっと素敵な人と付き合いたい」とか言われて別れたなら、尚更。
「素敵なヤツが、あんなダサい男かよ!」となるでしょうから。
で、コレ、どうやったら嫉妬しなくなったのかというと、
「見た目がダサいその男が、実はその女性が求めていた"素敵さ"を持っていた」のを、自分が認識出来た時。
色々な方がいらっしゃるわけで、「素敵」といっても、素敵の基準がどこにあるのかというのはあるわけで。
で、その女性にとっては、見た目は全く重要ではなく、内面を重視していて、
ダサい男の内面に惹かれていたとしたら、何ら不思議ではないわけで。

次に、これは自分自身ではあまりなく、他人が他人に対して言っているのを見た時の話。
ネット上で多いんですけど、「とても評価されている人がいた時」に、
「そんなのは、大したことないよ」とか、
「そんなの、俺でも出来る」とか言って、評価しない人々。
分野は正直色々(パチスロの目押しでも、最近見たし)で、分野に限らない話かもしれません。
で、コレ、個人的にもゼロではない(あまり無いけどね)んですけど、
殆どの場合において、「自分も評価されている事と同じ事を実践してみる」事で、
「とても評価されているのは、出来る人が殆どいないからだ」というのを、
自分が認識出来た時に、大抵はおさまります。
分野に限らず、とても評価されている人は、「凡人とは比べものにならない程の努力」をしています。
本を数百冊(数千冊)読んでじっくり考えたり、縛りゲーで凡人なら詰む様な状況になっても、
あらゆる手段を考えて駆使してクリアしたりと。
あと、宣伝(リアル・ネット問わず)を惜しまないし、工夫もしている。
結局ですよ、いくら実力や才能があった所で、
それを「他人が認識出来なければ」、やっぱり評価はされないわけでして。
でも、上記のとても評価されている人は、その辺を認識しているが故に、色々と努力をしていて、
それが、実を結んでいるんだと思いますね。
で、僕はどうかというと、「上記、全部やってみたが出来ない」んですよ。
だから、「まぁ、凄いねぇ」と思ってしまい、最初は嫉妬はしても、自然にしなくなりましたね。
まぁ、出来なくて個人的に困る部分については、改善していくしかないわけですけど。

で、さっき「大抵は」と書きました。
なので、「大抵じゃないケース」について。
つまり、「上記の点は踏まえていて、色々努力をしているが、それでも中々評価されない」場合。
先程も書きましたけど、評価されるには「他人が認識出来るか否か」がキーポイントになると思います。
ですから、「難しくて多くの人が認識出来ない内容を、認識しやすい様に簡単にする工夫」というのは必要かと。
ところが、それをやった上でも、
他人があまりにも無能(というより、理解する気がないのが大半かと)過ぎて、
認識出来ないとした場合、もうどうにもならないんですね。
で、この場合、一つあると思うのが、
「その環境では、評価されないだけ」という視点。
個人的にもよくあるんですけど、例えば「その町」「その会社」「その職場」「そのコミュニティ」などでは評価されないけど、
「環境を変えれば」評価されるというもの。
個人的には、「職場」で多いんですけどね。
よく変わるからだと思うけど(苦笑)
なので、その環境にとっては、大変に残念な結果になるんじゃないかと思うんですけど、
でも、「自業自得」だとも思いますね。
あまり気にしても仕方ないと思いますよ。
まぁ、個人的には性格的に結構気にしちゃうんですけど、どうにかなったケースは無いですね(苦笑)

さて、ここでまた話を変えて、
今度は兄弟とか部下同士という「ライバル」的なケースについて。
ありがちだと思うのが、「あっちは愛しているのに、どうして自分は愛してくれないの?」というもの。
これ、幾つかあると思ってまして、
まず、自分は本当に愛されていないのか?という視点。
「あっちは評価されているけど、でも自分も評価されていない」ですか?
「相談したりした時に、ちゃんと相談に乗ってもらえていない」ですか?
という部分を、自分が認識出来た時に、嫉妬も自然におさまっていくと思いますね。
あとは、さっきも似た様な事を書いたけど、
「あっちが愛されているのは、努力量が半端無いから」というのも。
あと、もう一つあって、
愛の定義にもよりますけど、「愛されていないのは、信用されている事の証」というもの。
親にしろ上司にしろ上に立ってる人の視点として、
「脱落者を出さない」という全体最適(全体主義とは違うと思われ)的な視点というものがあると思いますし、
「出来ない子や部下の方を面倒見る」というのは、別に変な話でもなく。
あと、「放置されている」というのも考えようで、
逆に「信頼されているから、放置していても問題ない」と判断されているとも。
それは、「守破離」の「離」かもしれませんよと。
というのを、自分が認識出来た時に、嫉妬も自然におさまっていくと思いますね。
まぁ、上の視点と下の視点って違うから、中々溝は埋まらないとは思いますけどね。

さて、ここまで色々書いてきましたけど、実は殆どの場合において共通点があると思います。
「自分が認識出来た時」。まさにコレで、「認識出来ていない部分について、嫉妬する」と思ってます。
「とても評価されているのは、こんなに努力をしているからだと、"認識出来なかった"」とか、
「あっちだけじゃなくて、自分も愛されていたというのを、"認識出来なかった"」とか。
ですから、認識出来る為の努力をしなければ、嫉妬は解消されないと思いますね。
あと、個人的には不可知論者 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E5%8F%AF%E7%9F%A5%E8%AB%96 だから、
全てを認識することは出来ないと思っているので、
じゃあ、「認識出来ない部分については、一生嫉妬し続けるかもしれない」とも思っていたりw
ですから、これからも「嫉妬しては認識しようとして解消する」の繰り返しになると思いますね。
「嫉妬の輪廻」とでもいうかw
まぁ、「上手に付き合っていきましょう」ということですね。

さて、ここまで「自分が嫉妬"した"時に、それを解消する方法」について書いてきました。
じゃあ、逆に「自分が嫉妬"された"時に、どうすればよいか」についてなんですけど、
これ、結構微妙じゃね?と感じてまして。
というのも、自分が嫉妬しているかどうかの判断よりも、
嫉妬されているかどうかの判断の方が難しいと感じていまして。
例えば、「アイツは、けしからん」というのが、嫉妬による「感情的な部分」から来ているのか、
そうではなく、「合理性や論理性による誤りを改善しようとしていない」部分から来ているのかを判断出来るか否かという点。
で、上記だけでも難しいんですけど、
こちら http://www.playing-engineer.com/?p=1249 にもある様に、
「男(女の場合は、また違うかも。経験が無いので不明(苦笑))」の場合、
嫉妬は感情だけど、男は論理性でそれを隠してしまいます。
まぁ、「正義」とか。
ですので、「非常に判断が難しいんじゃないか」と思うんですよね。
実際よく見ますしね。
例えば、「イノベーションを邪魔しようとする奴は、自分が出来ないから嫉妬しているだけだ」と、
嫉妬「されている」側が言っているのを。
実際、もしかしたら、本当に嫉妬なのかもしれないですけど、
でも、そうではないと証明するのも、非常に難しいんじゃないかなと思うんですよね。
でも、そこで、「いや、これは嫉妬じゃなくて、合理的な意見だ」とか言っても、
もう、「ドロ沼状態」で、どうにもならないと。
一応、上記リンク先にもある様に、
「所属している組織の目標を外れたり、非合理な文句をいっている状態」
という意見もあり、まぁ「コレに該当するケースも、それなりに多い」とは思いますけど、
ただ、「相手ではなく、自分の方が組織の目標を外れていたり、非合理な文句を言っている"かも"しれない」という可能性もあるわけで。
まぁ、厳しく言えばですけど。
いや、個人的にも実際、上記の様な理由で嫉妬されていると感じる時はあるんですよ。
ただ、「この辺は、他人の感情の話だし、そこまでは見極められないなぁ」と思ってまして。
だったら、「自分が嫉妬されているかどうか」よりも、
「自分が他人に対して持つ、嫉妬と上手に付き合っていく様にしよう」と、考える様になりましたね。
実際、そっちの方が「圧倒的に楽」だし、
極端な話、嫉妬「する」人がいなくなれば、嫉妬「される」人もいなくなりますしね。
ということで、まぁ微妙じゃないかなと。
あと、「嫉妬を解消しようと努力していない人が、努力している人に対して嫉妬する」という場合でも、
自分が嫉妬されている場合は、上記の通り、あまり気にしてもしょうがないかなぁと。
個人的には、それでも気になってしまうというのはありますけど、これも「良し悪し」ですしね。

あと、これは「声を大にして」主張しておきたいですけど、
「嫉妬を解消しようと努力しない」のは「悪」なんじゃなくて、
「嫉妬を解消したければ努力しよう」という事だと思いますね。
ですから、「努力して嫉妬を解消した、俺エライ」のが、「善」にもならないと思います。
これも、微妙な点があるかもしれないですけど、強いて「善悪」を言えば、
「嫉妬を解消しようと努力しない自分を、いつまで経っても(いつまでかは、議論になるでしょうけど)認めようとしない」のが、
「悪」じゃないかなと思いますね。
というのも、これは今回詳しく書かない(書けないともいう)ですけど、
いわゆる「負とされている要素(嫉妬もそうでしょう)を、自分が持っている事を認識しているか否か」によって、
表面に出る、負の要素の現れ方が違うというのがあると思っていまして。
悪い事だと分かっているから、「分別」が付けられているという様に感じますね。
「悪意の無い泥棒が一番タチが悪い」という言葉もありますし、その辺かなと。
嫉妬とは、直接関係ない話なので、これで終わりますけど。

あと、最後に全然別の視点として、
嫉妬って「他人が出来て、自分が出来ない事」に対して持つ事が多いとも思いますけど、
でも、「それって、本当に出来なきゃいけない事?」という視点もありますね。

まぁ、解決手段とかも含め、他にも色々あると思いますけど、
この辺は、ググると一杯出てくるので、参考にすると良いんじゃないかと思います。

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  1. 2014/04/24(木) 17:10:43|
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