奇特なブログ

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見たり聴いたり読んだりするやり方の解の一つ

滝打ち7日目。

何だよこのカテゴリはというのは、特に気にしないでいただければとw
滝打ち最後の話は、「速読(というか、見ること・聞くこと・読むこと全般への接し方)」の話です。
まず、これまでの自分の考えは「よく見て、よく聞き、よく読め」でした。
理由は、「話や内容の表面だけを見聞きして、分かった知った気になるな」というのがあったから。
半可通なんぞを見て、「あぁ、何も分かってねぇんだなぁ」とそう思うので。
しかし、一方で自分のそれらの手法だと、「スピードが落ちる」という面があるのも否定出来ません。
世の中に「大量に(本当にありえないぐらい大量に)」溢れている聞き物・読み物をさばいていくのに、
それではどうにもならんのですね。
でも、だからといって、ちゃんと見聞きしないと、
その人がその読み物が伝えたいことを、理解するのも困難だろうとも思います。

じゃあ、どうするか。
いわゆる、斜めな読み方・聞き方で「捨てているモノ」はなんでしょうか。
いわゆる、精読・精聴で「捨てているモノ」はなんでしょうか。
前者は「正確な理解」、後者は「スピード」だと思います。
で、その「捨てているモノ」を、「忘れない」のが、最も大切な事なんじゃないかと。
「正確な理解」を捨てているなら、「じゃあ読み・聞き直せば良い」だと思いますし、
「スピード」を捨てているなら、「じゃあ一度で理解しよう」だと思いますし。

「しかし」であります。
これは、話にもよるし本にもよりますが、
一度見聞きしただけでは、「正確に理解出来ない内容」というのもあります。
単純に「今の自分では内容が難しすぎて、さっぱり分からない」とか、
「よく分からない用語が話の前半に出てくるが、
後半を見聞きするまで分からない」とか、
「解釈を、見聞きした側に委ねている」場合も。
と、そういったことを考慮すると。
最初に見聞きする時点では、どういった話なのか本なのか分からないので、
最初や前半は、「ちゃんと見聞読(ミキヨと名付けますw)し」、
「おお、これはちゃんと見聞読するに値する話かも」と思ったら、
「また見聞読すればいいや」というのを「忘れずに」、
「斜め見聞読」に「切り替える」と。
といっても、「ちゃんと見聞読するに値する話かも」という「質」を判断するのもまた難しいので、
「繰り返し見聞読する事」が、最も無難ではないかと思います。「質の違いが分かるまで」は。
といってもじゃあ、傍からみて「質の違いが分かっていない様に見える人」が、
「私はもう分かったから、全部斜め見聞読にします」と言ったとしても、
「そこまでは自分は知らない」ねぇ。
自分は、小崎摩津方ほど優しく「ない」からねぇw

最後に一言。
つまり、今の自分に向ける結論としては、「"さっさと"Missingを読破しろ」でありますw

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テーマ:日記 - ジャンル:日記

  1. 2013/02/09(土) 21:52:44|
  2. 魔術師
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