奇特なブログ

「殊勝に値する行いや心掛け」を意味する、奇特な人になる為のブログです

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

道を辿れば見えてくる先人の思い

滝打ち6日目。

さて、教育(というか学ぶ事)において、「守破離」という言葉がよく?出てくる昨今ですけど、
「守」をしている途中で見えてくるのが、「先人の思い」だと思います。
最初は、「どうしてこの本を薦めるのだろう」とか、
「どうしてこういうプログラムの書き方をするんだろう」とか、
「どうしてこれはやってはいけないと言うんだろう」とか、
「どうしてこれを重要視するんだろう」とか、
よく分からないことばかりだと思います。
少なくとも、自分はそうでした。

で、そんな時に、
分からないことに対して、いつまでも「どうして」「どうして」と考える事が、
別に悪いことだとは思わないのですけど、
でも、「分からないものは"幾ら考えても"分からない」ものだと思います。
そうなると、まずは「分からないけど"ちゃんと考えれば"分かりそう」なものから、手をつけていくしかないと思うんですね。
そういった、「良い意味での潔さ」も必要だと思います。

珍しく言い切っちゃいますけど、大丈夫です。
今は分からないことでも、
師匠(先人でも良いかな)が歩いた道を、
ただひたすらになぞる様に歩いていけば、
「ああ、だからこの本を推奨していたのか」とか、
「だから、このプログラムの書き方はするなと言っていたのか」とか、
そういった「以前は見えてこなかったこと」が、「見えてくるようになって」きます。

師匠選びさえ間違えなければ、
実の所、「学び方」というのは、「意外とシンプル」なんじゃないでしょうか。

ただ、「等身大の自分」になれないと、
「守をすること」に抵抗感を抱いたりするんじゃないかなぁと。
「そんなものは、役に立たないから学ぶ必要はない」とか、
「自分は既に、そんなこと知っている」とか。
でも、ずっとそれでは、「いつまでも進歩はない」のではと思います。
で、永遠に勘違いとか、し続けるんでしょうね。

スポンサーサイト

テーマ:日記 - ジャンル:日記

  1. 2013/02/08(金) 00:28:34|
  2. 教育
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<見たり聴いたり読んだりするやり方の解の一つ | ホーム | あなたの「ウリ」は何ですか?>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://kitoku1.blog129.fc2.com/tb.php/193-4c967730
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。