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主導権は常に自分にあるけど、迷った時には

かなり前に発売された作品ですが、
先日椎名林檎さんの「短篇キネマ 百色眼鏡」を観て、タイトルの事を思いました。
まぁ、当然っちゃあ当然なんでしょうけど、意外と意識から抜けるのではと思いまして。

先に結論です。
「自分を信じ切れないのなら、自己分析したり他人に相談するしかないのでは」ですかね。
特に、自己分析が重要かと。
で、もし自己分析が出来ないなら、他人に分析してもらうと。
では、作品の内容も踏まえつつ、以下から詳しく書いてみます。
あと、内容を知らなくても理解しやすい様に書いたつもりです。

まず、作品内でヒロインの葛城楓は「多面性」を顕著に見せていますが、
それって別に誰でもそうだと思うんですよね。
プライベートの顔と仕事の顔とか。
意識的かそうでないかはともかく、
対峙する相手との関係性によって、色々な顔が出ると思います。
で、そうすると、どっちが本当なのかって気持ちになるかもしれないですが、
どっち「も」本当だと思うんです。
じゃあ、嘘は無いのかって話になるかもしれませんが、
とある人に嘘を付いた自分も、それも本当の自分なのではないかと。
話した内容自体は嘘でも、「自分が嘘を付いたという言動」は本当ですよね。
まぁ、別に嘘を付いて良いとは思いませんけど。
でも、一人の人間なのに、色々な顔を見せられたら。
主人公の天城の様な優柔不断(だと感じました。それが必ずしも悪いとは思わないですけど)な人は、
どっちが本当なのかとか、
自分はどっちの楓を選べば良いのかと、思うのは無理もないと思います。
でもそれって、「自分が決めてよいこと」だと思うんです。
他人の「全て」を理解することなど、
他人を知ろうとした所でまず不可能ですし。
他人を知る努力はした方が良いにしても、
自分が見た他人が全てなわけであり、
見ていくうちに印象が変わったのなら、それなら印象も変えれば良い。

身も蓋もない話をすれば。
上記でも書いた通り、
相手や物事をどう位置付けるかの、主導権は自分にあると。
そして、自分がどんな選択をしても、因果応報よろしくその選択に見合った結果が出ると思います。
真っ当な自浄作用が利く組織や業界なら、真っ当な結果が出るでしょうし。
だから、自分を信じて相手なり物事なりを位置付けていけば良いんじゃないかと。
自分が信じたいものとは違うものならスルーしたり、
自分にとって痛いものなら触れないようにしたり、
自分が理解出来ないものなら理解しないで、
生きていけば良いんじゃないかと。
と言いつつも、ウチにはそれは出来ないですけど。
でも、もし自分にそこまでの自信が無くて決断出来ないのなら。
どうして決断出来ないかを自己分析するなり、
他人に相談して助言を頂くなりしなければ。
永久に決断出来なくて、いつまでも迷い続けるんじゃないかと思うんですけどねぇ。
あと、「相手を想って適切な助言が出来る」人って、
個人的な印象では少ないと思うので、その辺にも要注意でしょうかね。
また、自信を持てない原因が他人の言動にあるなら。
どうしてあの人はあんな言動をするのかとかを、考えることが大事なんじゃないかと。

自分の人生を他人が代わりに生きることは出来ないです。
この記事を読んでもそうだと思いますが、
まさに、「どうするかは自分次第」なんでしょう。
個人的には、百色眼鏡は良い作品でしたね。

参考:
スルー力、ねぇ
百色眼鏡の意味を考えるスレ
椎名林檎における「歌」の解体と再生のⅥからⅧまで
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  1. 2012/02/13(月) 00:02:59|
  2. 思想
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  4. | コメント:0
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