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奇特なブログ

「殊勝に値する行いや心掛け」を意味する、奇特な人になる為のブログです

いわゆる「型無し」ってこういうのだと思われ

「短い記事も大切」ですねって事で。

「守破離(の中の型無し)」と「メガテンの思想(の中のカオス)」話を組み合わせると、
こんな感じになるんじゃないかというメモです。

「秩序なんて不要で全部破壊すれば良いんだ」と、
「今ある"全て"のモノを否定(破には、否定という意味合いが必ず出てくると思うので)」し、
離をしてしまうので「型無しカオス」であり、
「秩序の必要性も分かるんだけど、俺は自由の方が"好き"なんだよな。まぁ、偏っているとは思うけど」と、
自分の偏りを「認め」、必要な秩序を壊さない程度に自由を謳歌するのが、「型有りカオス」で、
それが、僕が個人的に言ってる「イケてるカオス」という感じがするなぁ。

あと、これも個人的に最近思う時が多いんですけど、
「好き・嫌い」と「正しい・間違っている」は、ごっちゃにしてはいけないとも思いますね。

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  1. 2014/05/20(火) 10:14:18|
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「IT業界 深刻化する人材不足」について

えっと、こういう記事 http://www.nhk.or.jp/ohayou/marugoto/2014/04/0424.html が最近出てましてですね。
で、正直「今更感」が多々あるんですけど、少し触れてみたいと思います。

といってはみたものの、ココ http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1398431243/ に多くの問題点が既に書かれています(「火の無い所に煙は立たない」と思いますけど)ので、
あまり書くことが無いんですけどね(苦笑)
ただ、書かれていない(多分)事で一つ思う事として、
「無知である事を、どこまで許容出来るのか?」というのがある様に思いますので、
その辺りについて。

新人さんなり、中途採用の人なり、外注とかを新たに職場(に限らんのだが)に入れました。
こういった方々は、上司が知っている事でも、当然知らない事も多々あります。
なので、当然「質問」をしてきます。
ところが、それに対して「そんなものググれ」「独学しろ」と突き放した様な態度を取ると、
その新しく入ってきた人は、その上司や、もし職場全体がそういう環境だったら、
一線を引いていってしまうんですね。
で、下手すると居なくなる。
個人的にもそうですし、他人でも何人も知ってますよ。
上記の様な言葉、「その上司に対する信頼感を持った後ならNGじゃない」んですけどね。
でも、最初からそれをやったら、多分NGになっちゃうと思いますね。殆どの場合は。
ですから、上司の方には、「自分が新人とかだった時の事を思い出してほしい」と思いますね。
あるいは、「当時の事を覚えていない」のなら、
「今の自分にとって、"初心者になれる分野"に足を突っ込んでみる」でも良いんじゃないかと思いますね。
個人的には、最近TRPGに足を突っ込んで、この辺りは痛感中ですけど。

こういう風 http://trpglove.seesaa.net/article/6307374.html にならない為(まぁ、ルサンチマンという言葉もありますけどね)にも、「新たに来た人に対する受け入れ体制」というのを、もうちょっと考える必要があるんじゃないですかね。

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  1. 2014/04/28(月) 14:09:38|
  2. 教育
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「一般知能」という分野について

※いつも以上に「駄文(根拠が比較的弱い)」になってしまったと思うので、興味ない人は読まないのを推奨します

なんか、「自分の得意な事って何だっただろ?」という様な事を考えていた時に、
「そういえば、昔、公務員試験を受けた時に、"一般知能"って分野があって、
その分野の点数が良かった(特に資料解釈)なぁ」というのを思い出しまして。
で、久々に問題などを読んだり解いたりしてみて、
「何で、学校とかでこういう問題を解く訓練をさせないのか」
と思いましたね。
で、実は「一般知識」という分野もありまして、
知識と知能の違いとか、
知恵とか知性とかを調べ始めたらワケが分からなくなりましたので、
「ただ、これは言えるんじゃない?(後で書きますが、こういう考え方が出来るのも大切だと思います)」という部分を書きたいと思います。

まず、公務員試験には、一般知識と一般知能という分野があり、
一般知識 http://komuin.nobody.jp/kakuron/chishiki.html
一般知能 http://komuin.nobody.jp/kakuron/chinou.html
となっています(試験区分によって、若干違うかも。一般知能には「空間把握」というのもあるみたいなので)と。
また、公務員受験生の多くは、一般知識「ではなく」、一般知能の方で「苦戦する」みたいです。
まぁ、そりゃあそうですよね。
この試験独自の分野で、それまであまり出てこなかった様な問題が多いんじゃないかという気もしますし。
ただ、個人的には、あまり苦戦しなかったんですけど(苦笑)
まぁ、それはさておき、一般知能全体の傾向と、各分野について色々書いていきたいと思います。

まず、一般知能って、「一般知識の理解を前提」としていて、
で、その知識を基に問題を解いていく分野だと思います。
ですから、知識が無ければ、どうにもならない。
「その知識自体ではなく、その知識を、どうやって使うか」という様な、
応用的な能力が求められる気がしました。

で、それを踏まえて、各分野を個別に見ていきたいと思います。

1.文章理解

どう見ても、国語や英語の知識が必要(読めなきゃどうにもなりませんから)でして。
まぁ、他の分野でも、問題は日本語なので、日本語は読めなきゃどうにもならんのですがw
それに加えて、「文章の中から、正解もしくは正解のヒントを見つける能力」というのが求められると思います。
実際、文章の書き手でもあるし読み手でもあるけど、
「正解は何処にあるか(何処に書くか)」というのは、無意識の内に探している(書いている)様に思うので。
あと、この分野を勉強したら身に付くかどうかは現状不明ですけど、
文章というと、「行間を読む」「ニュアンスを掴む」「暗喩・隠喩を見つける」というのが、
読解力の差異となって出てくる様には思いますね。

で、個人的には、まぁまぁ得意でしたね。

2.数的推理

当然の事ながら、数学の知識が必要かと。
あと、方程式とかの数学の公式を「どう使うか」という能力が重要だと思われます。
いや、「公式」を覚えていても、「どの局面でどう使うか」というのが大切だと思いますから。
あと、推理ものなので、どうも「推理小説とか映画(古畑とかコロンボとかアガサ・クリスティとか)」とかで必要な推理能力も多少は必要の様な。

で、個人的には、一般知能の中では一番苦手でした。
だって、数学苦手でしたし(苦笑)

3.空間把握

流れ的に、こちらを先に。
この分野は、僕が公務員試験を受けた時には無かった気がしますけど、
時代なのか分野なのかは現状不明ですが、ある模様。
で、この分野では、数学(の中でも図形)の知識が問われる様な問われない様な。
とりあえず、この辺 http://matome.naver.jp/odai/2138043401762960601 とか、この辺 http://www.kantokushi.or.jp/lsp/no605/605_02.html と関連性がありそうに思います。

で、個人的には、やった事はないですけど、多分苦手だと思いますね。
先程と同じで、数学(の中でも、図形が特に)苦手でしたし。

4.判断推理

問題によって、難しかったり簡単だったりとムラが多かった記憶のある分野。
で、この分野と次の資料解釈は、
他の分野に比べて、この分野の知識が必要というのが、あまりない様な。
まぁ、数学じゃなくて算数の知識は必要に思うんですけど、
あまり、「これです」という分野は無い様に思いますね。
まぁ、判断推理については、「推理」はあるんでしょうけど。
あまり、学校の授業で身に付けるというより、「遊び」で身に付ける能力な気もします。
だって、学校の成績そうでもない(中堅程度の高校を卒業した程度の学力でしたし)僕の、
数少ない得意分野でしたから。

で、個人的には、「資料解釈の次に得意(問題によっては、文章理解の方が得意だったかも)」でした。

5.資料解釈

名前の通り、「その資料を解釈して、どんな事が言える?」かを計る分野かと。
これを見て、この記事 http://d.hatena.ne.jp/kitoku_magic/20140324/1395656337 の属性表の事を思い出しましたけど、
そういった能力なのかなと。
で、この分野は、簡単な計算が必要なので、算数の知識は必要だと思いますけど、
判断推理と同じで、よく分かりませんね。

で、個人的には、もう良いですね。
というか、確か一回も間違えた事が無かった記憶もあって、
「サービス問題」だと思った記憶もありますね。

さて、駄文を垂れ流してきましたけど、
特に思ったのが「確実に言えるのはどれか?」という、判断推理の「問題文」と、選択肢の「消去法」。
現実での難しい問題や、正解の無い問題を考える時に、
「これは無いと思うし、あれも無いと思うし、でもこれは確かなんじゃない?」という考え方をする事が多いんですけど、
特に判断推理の解き方も、結構コレと似てましてですね。
難しいですから、結構途中で思考停止になりがちなんですけど、
「与えられた情報から、これは無いというものを絞り込んでいって、正解を見つけ出す」という考え方をしていって、
正解(っぽい物)を見つけるとでも言うんですかね。
消去法については、こちら http://happylifestyle.com/1462 を読んでも同意ですし、
あと、「選挙の候補者を選ぶ時」にもやってますね。
だって、簡単な問題ならともかく、「選択出来ない」んですよ。
だから、消去法使っちゃいますね。

あとは、この記事 http://homepage1.nifty.com/king-of-license/koumuin-suteki.html の中に、
ある課題が与えられた場合に、その課題から確実にどのようなことがいえるのか、またある資料が与えられた場合に、その資料から確実にどのようなことがいえるのかを素早く分析する能力
様々な数値や資料を見ながら、そこでどのようなことがいえるのかということを素早く判断する
数学の公式や複雑な定理を数多く知っている人よりも、それがわからなくてもとにかく問題文で与えられた条件からどのようなことがいえるのかを判断する能力
という様な事が書かれているんですけど、
「別にこれ、公務員に限った話じゃないんじゃね?」という感じしかしませんでして。
ですから、こういう問題を考えたという点は評価出来ると思うんですけど、
これを、「義務教育は微妙かもしれないけど、せめて高校教育では入れてほしいなぁ」という点で、
「非常に惜しい」という感じがしました。
なんでしょう、基本知識が必要なのは、
上記の前提にも書いた通り必要(逆に、僕はこっちが特に必要ですね)だと思いますけど、
こういった「知能」を駆使して、例えばこういう http://www.lifehacker.jp/2014/02/140212knowledge_and_experience.html 事が出来る様になるとか、
あとは、先程も書いた通り、難しい問題を読み解く能力にも繋がる様に思いますね。
まぁ、現状ではイマイチ謎ではありますけどね。
ただ、色々見ていますと、「知識だけだと頭打ちになる」様にしか思えないんですよ、だから。

あと、この話とは直接関係は無いと思いますけど、
上記の問題(文章理解はしなかったと思うけど)を解く時に「紙に書いて整理」というのを、よくやっていたんですけど、
「表」とか「図」とか「絵」とか「メモ」を書いて、
「まず、問題を整理」というのをしないと、難しい問題って解けなかったですね。
いや、簡単な問題とか記事なら必要無いんですけど。
で、まぁここは個人差大きそうですけど、「PCじゃダメ」なんですよね。
「自由に描く制約が多くて」、「ササっと書けない」から、途中で嫌になっちゃうという。
これは、今でも時々思いますね。
なので、この辺も含めて大切かなぁと。

とりあえず、「教育に今すぐコレを入れた方が良い」と思うのと、
「一般知能勉強会」とかやって、問題出しまくってみたら面白いんじゃない?とか思いましたので、
市販で出ている問題集を買ってみようと思いますw
当面は、「一日、最低一問解く」を続けてみようかなと。
で、いつか、もう一つのブログの方にも、「公務員試験の一般知能から学ぶ」って書いてみたいw

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  1. 2014/04/25(金) 17:54:48|
  2. 教育
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道を辿れば見えてくる先人の思い

滝打ち6日目。

さて、教育(というか学ぶ事)において、「守破離」という言葉がよく?出てくる昨今ですけど、
「守」をしている途中で見えてくるのが、「先人の思い」だと思います。
最初は、「どうしてこの本を薦めるのだろう」とか、
「どうしてこういうプログラムの書き方をするんだろう」とか、
「どうしてこれはやってはいけないと言うんだろう」とか、
「どうしてこれを重要視するんだろう」とか、
よく分からないことばかりだと思います。
少なくとも、自分はそうでした。

で、そんな時に、
分からないことに対して、いつまでも「どうして」「どうして」と考える事が、
別に悪いことだとは思わないのですけど、
でも、「分からないものは"幾ら考えても"分からない」ものだと思います。
そうなると、まずは「分からないけど"ちゃんと考えれば"分かりそう」なものから、手をつけていくしかないと思うんですね。
そういった、「良い意味での潔さ」も必要だと思います。

珍しく言い切っちゃいますけど、大丈夫です。
今は分からないことでも、
師匠(先人でも良いかな)が歩いた道を、
ただひたすらになぞる様に歩いていけば、
「ああ、だからこの本を推奨していたのか」とか、
「だから、このプログラムの書き方はするなと言っていたのか」とか、
そういった「以前は見えてこなかったこと」が、「見えてくるようになって」きます。

師匠選びさえ間違えなければ、
実の所、「学び方」というのは、「意外とシンプル」なんじゃないでしょうか。

ただ、「等身大の自分」になれないと、
「守をすること」に抵抗感を抱いたりするんじゃないかなぁと。
「そんなものは、役に立たないから学ぶ必要はない」とか、
「自分は既に、そんなこと知っている」とか。
でも、ずっとそれでは、「いつまでも進歩はない」のではと思います。
で、永遠に勘違いとか、し続けるんでしょうね。

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  1. 2013/02/08(金) 00:28:34|
  2. 教育
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答えは教えないけど見捨てないのが本当の愛情や教育だと思う

教育というと、どうしても「教える」と思ってしまう人が多いと思うのですが、
私は教えないというか、教え「られない」と思っています。
「自分とは何から何まで違う他人」に色々教えて、
自分と同じ人生を歩ませることは出来ないと思うからです。
言い方変えれば「洗脳なんてさせられない」というか。
そして何よりも、教える相手の為にならないと思います。
以下で詳しく書いてみます。
また、正確には「答えを」教えないが正解だと思っているのですが、
以下では、答えをという部分を省略している箇所もあります。
あと、まずは教えることによる弊害を書いて、
その後に、じゃあどうすれば良いのかを書いていきたいと思います。

1.教えるのは相手を自立させられなくする

相手の質問に対して答えを教えてしまったり、
相手が出来なくて困っている事を全部代わりにやってしまうというのは、
自立させられなくするという意味で、愛情でも教育でもないと思います。
何故なら、これを相手にやって相手がどうなるかと言ったら。
「あの人は私が困っても全部助けてくれる。だから私は何もしなくても良いんだ」や、
「あの人は私の望みを全部叶えてくれる。きっと私に対して愛情があるんだ」みたいになり、
自分で何か考える事や、自分から何かをする事をしなくなる現象を多々見ています。
私自身も昔ありました。
全部周囲がやってくれるもんですから、自分からは何もやらなくなり、
結果として、自分の力だけでは出来なくなりました。
その周囲がやってくれた事の中には、今でも出来ないモノがあります。
つまり、自立というのは「自分の力だけで全てを行う」事ですが、
それをする力を奪ってしまっているわけです。
だから、教えてはいけないと思います。

2.教えるのは詐欺の一種

ここは少し角度を変えて考えてみましょう。
勿論推奨はしませんが、仮に「相手を洗脳させて自分の奴隷にしたい」なら、
どういうやり方をするでしょうか。
まず、相手に暴力をふるうなどの相手が嫌がる事をすれば、
当然の事ながら相手は逃げてしまいます。
じゃあどうするかというと、「相手の望みを全部叶えてあげる」。
これを巧みにやれば、よっぽどの人じゃない限り、
「あの人は私の望みを全部叶えてくれるとても良い人だ」となりませんか。
で、これって上記1で書いた事と同じではないでしょうか。
「答えを教えてもらっている人」へ一言二言。
貴方は騙されている可能性があります。
自分では気付かない間に、奴隷にさせられている可能性があります。
奴隷になる対象が、親なのか上司なのか会社なのか国なのか何なのかは分かりませんが、
どれでも同じです。
一度、落ち着いて考えられてみてはいかがでしょうか。
また、「答えを相手に教えている人」へ一言二言。
貴方は騙している可能性があります。
自分ではその気が無くても、相手を奴隷にしようとしている可能性があります。
一度、自分の言動を、落ち着いて振り返ってみてはいかがでしょうか。
ということで、教えるのにはそういった側面もあると思います。

3.教えてくれた相手がいなくなったり死んだらどうするのか

「諸行無常」です。「ずっと同じ」はありません。
時の経過と共に、出会いも別れもあります。
生死・引越し・転職・現場の変更などと共に、出会いと別れが発生します。
「私の望みを全部叶えてくれるあの人がいないと私は生きていけない」という人は、
別れの後は一体どうすれば良いのでしょうか。
子供なら、何処かのタイミングで社会に出て自立していくものですが、
全部親がやってしまったら、子供はいつまで経っても親離れは出来ませんし、
親が死んだらどうすれば良いのでしょうか。
自立するというのは、孤独になるという側面もありますが。
夫婦であろうがどんな関係であろうが、「一人の時間」というのは必ずあって、
その状態に我慢出来なければ、生きていく事など出来ないと思います。
だから、教えないで「一人で考える時間」を作らさせて、
その状態に慣れさせることが必要だと思います。

4.教えると本人に自信が付いていかない

自信って、自分の力だけで出来た時に付いていくもんじゃないですかね。
「一人で着替えが出来るようになった」、
「一人で引越しの手配から完了まで出来るようになった」、
「一人でバグの解消が出来るようになった」などなど。
でも、それらを全て教える側がやってしまったり、答えを教えてしまっては、
教えられる側の自信が付かないし、
自信が付かないと積極的に挑戦しようとも思わなくなるのではないでしょうか。
全く出来る自信が無いのに、挑戦する人っていませんよね。
だから、自信を持ってもらう為にも、
教えたり、やってあげてはいけないと思います。

5.教えられるのに慣れてしまうと責任感が無くなる

答えを相手が出してしまったり、全部相手が助けてしまったら、
それらに対する責任は、相手にあると判断されやすくなってしまうと思います。
で、そんな状態が続いてしまうと、責任感や当事者意識が薄れ、
「やったのは私じゃありません」
「悪いのは私じゃありません」
みたくなっていき、今度は教えた相手を攻撃するようになっていくのではないでしょうか。
結果として、モンスターペアレントの誕生に繋がると思います。

まだ他にもあると思いますが、ここまでが「教える事による弊害」です。
ここからは「どう教えれば良いのか」についてです。
まず先に、教える側に必要な条件について書いておきます。
教える側には、教える分野について「やり方を知っている」程度ではなく、
「やり方を知っていて且つ、そのやり方の是非を言える」程度の能力は最低でも必要だと思います。
答えを教えたりやってあげたりしてハイ終わりではなく、
可能な限り相手が理解出来る様な用語で「口で」説明出来る。
それをしなければ出来なければ、
教えられる側はいつまで経っても、自分の力だけで出来る様にはならないと思います。
では、本題です。

6.教えられる側が主役

まず、教えられる側の話を聞くことです。
「貴方はどう思うのですか?」
「貴方はどうしたいのですか?」
みたく、主語は「私ではなく貴方」です。
だって「貴方の人生」ですから、他人に代替は出来ません。
で、その中できっと、「その要求には応えられない」というのが出てくると思うんですね。
例えば「人を殺したい」とか。
で、そういう要求には「ダメ」と言って、
どうしてダメなのかを教えていく。
でも、それ以外の要求には応えてあげた方が良いと思います。
「やりたい」って気持ちは尊重しましょう。
ちなみに余談。
もし、「何も思ってないし、どうしたいっていうのもない」って言われた場合には。
「じゃあ、今やっている事(仕事に限らず遊びも全部)に対して真剣に取り組みましょう」と言えばよいと思います。
目標とかがない相手には、多分これしかないんじゃないでしょうか。
で、真剣にやっていく中で、やりたい事って見つかるんじゃないでしょうか。

7.答えではなく「ヒント」を教える

ヒントすら教えないだと、問題が解決しません。
一方で、答えを教えてしまうと、上記の通りになってしまいます。
ポイントなのは、本人に「自分の頭で考えさせる事」だと思います。
で、ここで教える側がやってしまいがちなのは。
教えられる相手が、何かを口に出したりする「前」に、
口走ったり、やってあげてしまう事。
何と言うのかを、何をするのかを、まず観察するのが大切です。
それをしなければ、どのくらい理解しているのかが分かりません。
で、それが分からなければ、どのくらいのレベルの内容を教えていけば良いか分かりません。
なので、シンドイかもしれませんが、ここはグッと我慢しましょう。
下記の参考リンクにもありますけど、
「魚を与えるのではなく魚の釣り方を教えよ」
がベストだと思いますね。
というか答えって、
自分と他人では何もかも違う以上、人によって全然違いまして。
正論でも、相手に受け入れられるとは限りませんし、
答えが分からずに悩んでいるのであれば、何も考えていないわけではないと思いますし。
教える側のやり方が、教えられる側にも馴染むとは限らないと思います。
だから、教える側は「私はこう思う」ぐらいしか言えないのではないでしょうか。
結局答えは、「本人にしか」見つけられないのではないかと思います。

8.一気にではなく少しずつ

7でも若干書きましたが。
赤ちゃんからの成長を見ての通り、人間は一気に成長することは出来ません。
なので教えられる相手が、今どのレベルにいるのかを知るのは大切です。
赤ちゃんに、大人と同じ様に会話をしろと言うのは無理ですし、
プログラムのプも知らない人間に、
セキュリティ対策もクラスの切り方もちゃんと考えた作りにしろというのは無理です。
言われてみれば当たり前の事ですが、結構意識が抜けるポイントだと思います。

9.出来たら褒める、そしてどんどん権限を委譲していく

誰でもそうだと思うんですけど、人間ってやっぱり褒められたら喜ぶものだと思います。
「よくやったね、頑張りました」
「貴方だってやれば出来るじゃない」
などと言ってあげて、まず「今の相手を認める」事が必要だと思います。
そしてその上で、更にレベルの高い事を任せてあげる。
また、上記どちらも十分条件ではなく、必要条件だと思います。
相手を認めずにどんどん難しい事をやらせるのは、相手の事を想ってないですし、
相手を認めてもどんどん難しい事をやらせないのは、単なる自己保身です。
私が最近聞いた話ですと、営業の人間が、
「技術者としてだけではなく営業的な役割も」と言っておきながら、
実際に技術者が案件情報を持ち込むと、
「どうして案件情報の提供者が、直接私に言わないのか」とか難癖付けて、
却下したケースもあったみたいですよ。
これは単なる、営業の人間の自己保身だと思います。
だから、権限とか役割もどんどん教えられる側に渡さなければいけません。
というかそれを行う方が、教える側のやる事が減って、良いと思うんですけどね(笑)

10.責任は責任、けじめはちゃんとつける

9は出来た場合ですが、では出来なかった場合にはどうするかです。
「悪いのは誰だ」とか「出来なかったのは誰の責任だ」みたいな話って、
私が知っている限り、多くの場合において、
「自分も含めて誰も悪くない」か「自分も含めてみんな悪い」
だと思うんですよね。
例えば、教える側が教えられる側の現状のレベルを見誤って。
結果、教えられる側が出来なかった場合。
レベルを見誤った教える側にも責任はあると思いますし、
教えられる側が「それは出来ない」と言わなかったのにも責任はあると思います。
あと、やる内容とレベルを考慮した時間の見積もりが原因だったというのも同じですね。
仕事だと締め切りがあるので、こっちですかね。
だから、親と子でも上司と部下でも、勿論それ以外の関係でも、
「どちらも責任を取る」で良いのではないでしょうか。
そうしなければ、上記にも書いた責任感というのが、
教える側にも教えられる側にも出てこないと思いますし。

11.「見捨てる」という行動について

出来の悪い子供や部下に対して、
「もう私は貴方の事には一切関与しない」とか、
「もう二度と私の前に現れないで下さい」とかって、
教える側が思う時ってあると思うんですけど。
でも、教える側の人間は、「本当に」それを実践出来ますか?
教えられる側が、また目の前に現れて、それをちゃんと拒絶出来ますか?
ちなみに、コレをやると私が知る限りでは。
子供や部下は、今度は「他の」人を頼るようになります。
でも、他の人にとっては、ぶっちゃけ「他人事」です。
「相手の事を想って答えを教えない」とかは、
絶対にとは言いませんが、殆ど期待出来ないと思います。
そうしたら、上記に書いた様に「更に」ダメになっていくんですね。
で、教えられる人間がそうなっても良いって「覚悟」、教える貴方にはあるでしょうか?
「ある」ならそれでも良いです。
でも、上記の言葉の背景に「教えるのから逃げたい」とかがあるなら。
逃げたって、因果応報の如く、また貴方に害を与えにくるだけだと思います。
それも多分、「以前よりも酷くなって」。
だから私は、教える人間の中で、この人は見捨てられないと思った相手には。
やっぱり答えは「教えない」けど、でも「見捨てても逃げてもいけない」と思います。
別の言葉で書くなら、保護はするけど「過」保護はしない、でも逃げないというか。

最後に、かなり偉そうに書きますが。
正直、現在の日本では、モンスターペアレントの「子供や孫に対する過保護」ぶりや、
いわゆる教えて君の、「答えを教えてくれるのは当然」みたいな考えが浸透している印象があります。
私自身もそうですが、本記事を読まれた方の一人でも多くの人が、
この手法から何かを掴み「自分の答え」を見つけて、広めていって欲しいと願っています。
と言いつつも、ここまで読まれた方は、既に答えを見つけて実践している様な気もするんですけどね(苦笑)

参考:
教えるな!―できる子に育てる5つの極意
http://www.amazon.co.jp/dp/4140883510
コーチング―言葉と信念の魔術
http://www.amazon.co.jp/dp/4478720215
悪いのは私じゃない症候群
http://www.amazon.co.jp/dp/4584122393
寄るべきは 相手じゃなくて 己が腕
http://d.hatena.ne.jp/gallu/20090225/p1
魚を与えるのではなく魚の釣り方を教えよ
http://winxwincollabo.livedoor.biz/archives/50961982.html
「答えを教える」コンサルテーションから、「答えを見つけるのを手伝う」コーチングへ
http://blogs.itmedia.co.jp/mm21/2011/09/post-94ee.html
インターネットで中傷され続けた10年 スマイリーキクチさん
http://www.jinken.ne.jp/flat_now/kurashi/2011/11/25/1335.html

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  1. 2011/12/26(月) 07:09:49|
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